年間限度線量の被ばくでも発がん
米国科学アカデミーからの発表
国際がん研究機関からの発表

 X線やガンマ線などによる低線量放射線被ばくでもがんなど健康障害を起こす可能性があることを認める調査結果が、米国科学アカデミー及び国際がん研究機関から報告されましたのでその内容を紹介します。

米国科学アカデミーからの発表

 米国科学アカデミーは2005年6月29日に「電離放射線による生物学的影響」調査委員会がとりまとめ、9月に出版するBEIR-VIIの内容を発表しました。その概要は以下のようです。

○ある線量以下であれば安全というしきい値はない
 調査委員会は低線量をゼロから約100ミリシーベルト(mSv)程度までと定義しています。この低線量域での被ばくでがんなどを起こす危険性があるかどうか長い間議論されてきました。広島・長崎の被爆者生涯追跡調査では以前から「ある線量以下であれば安全というしきい値は見つからず、発がんのリスクは線量に比例して直線的に増加する」(これを「しきい値なしの直線モデル」という)と報告されていました。しかし、これまでこのモデルに関して、一方では放射線の影響を過大評価するとされ、他方では過小評価であると批判されてきました。調査委員会は、低線量放射線でもDNA等に損傷を与え、最終的にはがんを引き起こす原因になりうるという基礎的データの積み重ねなどを考慮し、「しきい値なしの直線モデル」が最も妥当としています。(公衆の年間被ばく線量限度は 1mSv、胸のX線撮影は0.1mSv、アメリカの自然放射線レベルは3mSv)

○発がんのリスク推定
 「しきい値なしの直線モデル」によって放射線被ばくのリスクを推定し、もし、100人の人がそれぞれ100mSv被ばくするとその中の1人が被ばくによる白血病ないし固形がんになる可能性があるとしています。42人は他の原因で白血病ないし固形がんになる可能性があります。(これらのがんの内、50%が致死性)(100mSv:放射線作業従事者の5年間の被ばく限度)

○遺伝的障害
 被ばく二世に、放射線影響はこれまで見つかっていません。しかし、ネズミその他の動物を使った実験では、放射線によって起きた精子や卵子の突然変異が子孫に伝わるという膨大な量のデータが蓄積されています。広島・長崎でそれが見つからなかったのは、単に調査対象数が少なすぎただけで、これが人間には起きないと信じる理由はないとレポートは言っています。

○医療被ばく
 CT検査を受けた人、特に子供、診断のための心臓カテーテル検査を受けた小児、及び肺の発達をみるために頻回X線検査を受けた小児の追跡調査がなされるべきとも言っています。CT検査は往々にして全身を検査されるため、通常のX線検査よりも高線量の被ばく(約10mSv)を被ることになり、もし1000 人がCT検査を受けるとその中の1人ががんになる計算になります。

○放射線源
 人は宇宙線、地面、食物、飲料水、呼吸などから自然放射線を受けていて、これによる被ばくは全被ばく線量の82%になります。アメリカでは人工放射線被ばくは残りの18%を占めており、この内、診断用X線、核医学など医療被ばくが79%、タバコ、水道水、建築物などからの被ばくが16%、職業被ばく、放射性降下物、核燃料の使用によるものが5%であるといっています。被ばくを増やす要因は医療被ばくの増加、放射性物質の使用、喫煙などです。

 この要約を読む限りにおいて調査報告は特に真新しいものではなく、国際放射線防護委員会(ICRP)が現在採用しているリスク推定(10,000人が公衆の年間被ばく線量限度である1mSv被ばくするとその中の0.5人ががん死する)と本質的な違いはありません。(このレポートでは1mSvの被ばくで 10,000人中1人ががんになり、そのがんの半分が致死的)しかし、米国科学アカデミーの「電離放射線による生物学的影響」調査委員会が「しきい値なしの直線モデル」をリスク推定に採用したということに意義があり、影響力が期待されます。

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国際がん研究機関からの発表

低線量電離放射線による発がんリスク:15カ国の原子力施設労働者の調査
 (British Medical Journal 2005年6月29日号)

 調査対象:15カ国(オーストラリア、ベルギー、カナダ、フィンランド、フランス、ハンガリー、日本、韓国、リトアニア、スロバキア、スペイン、スエーデン、スイス、イギリス、アメリカ)の598,068人に及ぶ原子力施設労働者のうち少なくとも1年以上原子力施設で働いており、外部被ばく記録がハッキリしている407,391人(内日本の労働者は83,740人)(調査集団の90%は男性)。

  • 調査期間:全調査人・年は、5,200,000人・年(内日本の労働者は385,521人・年)。これまでの原子力施設労働者の調査では最大規模。
  • 被ばく線量:集団の90%は50mSv以下の被ばく、
          500mSv以上被ばくした人は0.1%以下、
          個人被ばく蓄積線量の平均は19.4mSv。
  • 調査期間中の死亡数:全死亡数は、24,158例
              白血病を除く全がん死は、6,519例、
              慢性リンパ性白血病を除く白血病は、196例。
  • Sv当たりの過剰相対リスク:白血病を除く全がん死数は、0.97
             (1Sv被ばくすると、白血病を除く全がん死のリスクが被ばくしてい          ない人の約2倍になるということ)
             慢性リンパ性白血病を除く白血病は1.93
             (1Sv被ばくすると、白血病のリスクが被ばくしていない人の約3倍          になるということ)

 この調査結果からのリスク推定は、白血病を除く全がん死に関して原爆被爆者の追跡調査から得られた直線モデルを使ったリスク推定よりも2倍から3倍高い。この結果から計算すると、100mSv被ばくすると白血病を除く全がん死のリスクが9.7%増加し、慢性リンパ性白血病を除く白血病で死亡するリスクは19%増加する。従ってこのコホートの中でがん死した人の1から2%は放射線が原因と考えられる。国際放射線防護委員会(ICRP)は職業被ばく限度を 5年間で100mSvを越えず、1年間では50mSvを越えないように勧告している。公衆の1年間の限度は1mSvである。

注1: ICRPは原爆被爆者の調査結果から得られた直線モデルを使ってリスクを推定してきました。原爆被爆の場合は急性被ばくです。職業被ばくの場合は同じ線量を被ばくするにしても少しづつ長い時間をかけて被ばくします。これを遷延被ばくといいますが、その場合は傷害が修復されると考えられるので、ICRPのリスク推定は急性被ばくのリスクの
1/2にして計算してきました。この論文の調査は原子力施設の労働者が対象であり遷延被ばくです。しかもこれまでにない大がかりな調査によって得られた結果なので、信頼性は高いと思われます。従って、ICRPのリスク推定は考え直す必要がありそうです。

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