放射線の健康影響
高線量放射線による障害
低線量放射線による障害
広島・長崎のヒバクシャ調査
「身の回りには放射線がいっぱい 」?
参考資料

 

 

 放射線が私たちの健康にどのような影響を及ぼすかは、どのような種類の放射線がどのくらいの量、どの部位に、どのように作用したかによって異なります。同じ量の放射線を被ばくしてもX線とアルファ線ではその生物に与える影響(生物学的効果比、RBE)(用語解説参照)が異なり、アルファ線はX線の20倍の害を与えます。その影響を考慮した放線の量は等価線量といい、単位は、シーベルト(Sv)で表されます。また、同じ量の放射線を浴びても、組織によってその障害の受け方が変わります。例えば生殖腺や骨髄などは細胞の分裂が盛んで、放射線の影響を皮膚などよりも20倍も受けやすいと考えられています。このように組織の感受性を考慮した係数(組織加重係数)を等価線量にかけた放射線の量を実効線量といい、やはりシーベルトで表します。
 シーベルトという単位は日常生活ではこれまであまりなじみがありませんでしたが、1999年9月に茨城県東海村で起きたJCO 事故(JCO 事故参照)の時にマスコミを騒がせたり、最近では医療被ばくの問題などから耳慣れた言葉になりました。シーベルトがどの位の放射線量を表すのか想像するには、自然放射線からの被ばく線量や放射線障害の程度等と関連させて覚えてしまうと、見当がつきやすくなります。
ここでは、命に関わる放射線被ばく影響から説明します。

高線量放射線による障害

全身に一度に高線量を被ばくした場合はその障害は早期に始まりますので急性障害といわれます。図1 は放射線量と、急性障害の関係を表しています。
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 人間の場合一度に6〜7Sv 以上の放射線を全身に浴びると99%以上の人が死亡しますが、その死亡原因や死亡するまでの時間は被ばくした線量によって異なります(図1)。100Sv以上の大量の放射線を一度に全身に浴びると、短時間で方向感覚 、平衡感覚の失調や運動失調などの中枢神経の異常が現れ、ショックに陥って2日から3日以内に死亡します。それよりも少ない線量では、胃腸死という転帰をとります。 JCO のO さんの被ばく線量は16〜20 Sv と計算されています。血性の下痢に加えて、皮膚が完全に剥げてしまったため、体表面から体液が漏出し、貧血、脱水症状となり毎日大量の輸血や補液が行われ、皮膚移植、骨髄移植が試みられましたが効果なく亡くなりました。10Sv 前後の被ばくでは、骨髄死の転帰をとります。これは骨髄で作られる血小板や赤血球、白血球等が減少し、出血、貧血、感染症などがおこるためです。被ばくした人の約50 %が死亡する線量は4Svくらいといわれています。生殖器に約5Sv 被ばくすると永久不妊症になります。0.25Sv (250mSv)では、白血球が一時的に減少しますが後に回復するとされています。250mSv 以下の被ばくであれば、急性の臨床症状は現れないということで、これを「しきい値」とし、国際放射線防護委員会(ICRP)でも採用されています。この数字が決められた根拠は広島・長崎の被爆者に対する日米合同調査で、急性障害の一般的症状である、脱毛、皮膚出血斑(紫斑)、下痢、嘔吐、食欲不振、倦怠感、発熱などから、脱毛と紫斑だけを放射線症として定義し、他の症状を切り捨てたことと、調査範囲を爆心地から2km以内に限ったことが原因といわれています。しかし、日本学術会議から刊行された『原子爆弾災害調査報告集』によると爆心地から3から4km離れたところで被爆した人(DS02、2002年に改訂された線量評価、で測って数ミリシーベルト以下)でも急性障害の症状を示した人もいました。爆心地から2から2.5km地点は新しい線量評価で測ると広島では100mSv以下です。にもかかわらずこの区域の被爆者には脱毛(6.4%)、紫斑(2.2%)、口内炎(5.1%)、嘔吐(2.6%)その他の放射線症の症状があったと報告されています。さらに最近の例では、JCO近くの住民には数ミリSvの被ばくで下痢や嘔吐など体の不調を訴えている人がいます。急性障害の「しきい値」が250mSvという数字は妥当なのかどうか、再検討する必要がありそうです。
 急性障害から回復し一見健康そうにみえる人も、疲れやすく、ふつうの労働ができなくなります。そのために「ぶらぶら病」などといわれ、周囲から冷たい目で見られるという苦い経験を持つ人も多いうえ、数年から数十年後に白血病やがんになる不安を背負うことになります。

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低線量放射線による障害

 低線量とはどの位の線量でしょうか。一般的には急性障害を表さない程度の線量として250mSv以下の放射線 量をいっている場合が多いようです。しかし、これは習慣的に使われているもので、使っている人によって異なった量を指している場合もあります。例えば動物に放射線をかけて発がん実験などをしている研究者などは、50から200mSvを考えますが、環境放射線などの研究者は数mSvから数十mSvを低線量と考えます。国連科学委員会2000年の報告書では低線量域を図2に示すように「細胞の核1個当たりX線或いはガンマ線の飛跡が1個通過する程度」と説明しています。それは1mGyに当たります。
eikyou_3 低線量の放射線ではどんな障害があるのでしょうか。100 mSv では、放射線に最も敏感なリンパ球の減少が見られる場合があります。これ以下の線量では、検査で検出できる症状は現れないといわれています。低線量の放射線では被ばくした時に症状が出なくとも何年も後にがんになることがありますので、国際放射線防護委員会(ICRP)では一般公衆がこれ以上被ばくしてはいけないという限度を勧告しており、日本政府もこの値を採用しています(図2)。それによると一般公衆の被ばく限度は1年間あたり1mSv です。但し、この線量の被ばくが安全だというわけではありません。「10万人がそれぞれ1mSv 被ばくすると、その中から放射線によるがん死が1人から37人の割合でが発生する」と計算されています。計算の仕方によってこのように大きな違いがありますが、ICRPでは1万人に0.5人という数字を採用しています。

 

eikyou_2 低線量の放射線ではどんな障害があるのでしょうか。100 mSv では、放射線に最も敏感なリンパ球の減少が見られる場合があります。これ以下の線量では、検査で検出できる症状は現れないといわれています。低線量の放射線では被ばくした時に症状が出なくとも何年も後にがんになることがありますので、国際放射線防護委員会(ICRP)では一般公衆がこれ以上被ばくしてはいけないという限度を勧告しており、日本政府もこの値を採用しています(図2)。それによると一般公衆の被ばく限度は1年間あたり1mSv です。但し、この線量の被ばくが安全だというわけではありません。「10万人がそれぞれ1mSv 被ばくすると、その中から放射線によるがん死が1人から37人の割合でが発生する」と計算されています。計算の仕方によってこのように大きな違いがありますが、ICRPでは1万人に0.5人という数字を採用しています。  放射線作業従事者の場合は被ばく限度は1年間に50 mSv で、5年間の総量が100 mSv を超えない量とされています。放射線作業従事者の限度を一般の人より年間50 倍も高く設定しているのは、許容線量をこのくらい高くしないと経済的に「原子力産業」が成立しないからです。JCO 事故で被ばくした住民の被ばく線量は、旧科学技術庁発表の値(3.5から87mSv)と阪南中央病院発表のもの(13.8から650mSv)ではその値が大きく異なるのですが、どちらにしても公衆被ばくの限度線量を大きく上回っています。JCO 事故で被ばくし、その後体調不良となった住民に対して行政は、「250mSv以下であるから急性障害の症状が出るはずのない線量だ」という立場を固守し、その訴えに真剣に対処していないのは、国民の健康に対する責任を放棄していると考えられます。

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広島・長崎の被爆者生涯調査

 広島・長崎での高線量被爆者は急性障害でなくなりました。広島にある放射線影響研究所では、爆心地から2.5km以内で被爆した86,572人の生存者について、放射線影響調査を行っています。その結果が被爆者の生涯調査報告書として1962 年から発表され2003年10月には第13報が出されました。この報告を読みますと47年間に及ぶ 調査の結果、がんだけでなく心疾患、脳溢血、消化器疾患、呼吸器疾患が、被爆により増加することが明らかになりました。そして、図4に示すように、被爆線量とがんの発生率には直線関係が成り立ち、ある線量以下の線量ならば被爆しても安全という「しきい値」の存在は証明出来ないことも分かりました。

image 疫学調査では、調査の母集団が大きく調査期間が長いほどその結果は信頼性が増します。放射線影響の研究で、これだけおおくの人を対象に長期間調査した例は、世界的に見ても他にありません。母集団の大きさや調査期間の長さだけではなく、医学的・病理学的な裏付けという点から見て信頼性の高い研究として評価されています。しかし、不思議なことに日本の原子力安全委員会や一部の放射線影響の研究者たちはこの結果を重視していません。むしろないがしろにしているように見えます。しばしば彼らから「250mSv 以下では癌が増えるという証拠はない」とか「200mSv以下では、放射線の影響はないと われている」などという発言がなされます。
 このように原子力安全委員会や放射線影響の研究者たちが低線量影響を軽視するのは何故か。私たちはしっかり考えなければなりません。
 生涯調査の問題点として考えられていることをいくつか挙げます。これらのことを頭に置いて調査結果を見ることも大切でしょう。

 

  1. 調査の開始時期が被爆後5年経過しているために、放射線に感受性の高い人はみな死んでしまっている。その結果、放射線に抵抗性の人を選択して調べている可能性がある。
  2. 被爆者の被爆線量は原爆が爆発した時に発生した放射線による直接の被爆のみしか計算されていないこと。内部被爆や、残留放射線による被爆が考慮されるべきこと。
  3. 対照群の中にも、放射能雲からのフォールアウトなどで被爆した人がいる可能性がある。

 

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「身の回りには放射線がいっぱい 」?

 私たちが調べた教材には、放射線が身の回りにはたくさんあることが強調されていて、だから、少しくらいの放射線を浴びても害はないという印象を受けるように書かれています。自然放射線(世界平均、年間2.4mSv)も、検診のための放射線もそれが全く生物に無害であるという証拠はありません。最近では長時間飛行機に乗るパイロット、乗務員の被ばく(東京ーニューヨーク間往復0.19mSv)が問題になって来ていますし、医療被ばくによるがんの発生は日本が世界一という論文もイギリスの権威ある医学雑誌に掲載され、読売新聞にそれが紹介され大きな社会問題になっています。
 「放射線と生命」の所で述べられているように、生命が誕生したのは放射線の届かないところだと考えられていますし、生物は放射線を避けて広がっていったともいえるのです。

 

参考資料

1)『放射線と人間』舘野 之男 岩波新書 1974年
2)『人間と放射線』J.W.ゴフマン著 伊藤昭好他訳、社会思想社 1991年
3)Preston DL, 清水由紀子, Pierce DA, Suyama A, Mabuchi K。
  「原爆被爆者の死亡率調査第13報 固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950−1977年」 放影研報告書 No24-02、及び Radiation Research vol.160, 381-407, 2003.
4)『原子爆弾災害調査報告集』 日本学術会議編 日本学術振興会 1953年
5)『広島・長崎の原爆災害』 広島・長崎市原爆災害誌編集委員会編 岩波書店 1979年
6)『放射線被曝の歴史』中川保雄著 技術と人間 1991年
7)低線量放射線の影響は過小評価されてきたのではないか ー低線量放射線でできた二重鎖DNA 切断は修復されない?ー 崎山 比早子 原子力資料情報室通信 354号 2003年

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